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教会カンタータBWV29《われら神に感謝す》

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(1685–1750)のカンタータ《私たちはあなたに感謝します、おお神よ》BWV 29は、現存する初演資料と伝承に基づけば、1731年8月27日に、ライプツィヒ市参事会の新役員就任式に関連する礼拝のために初演されたと考えられています。一般的な教会暦の祝日のためのカンタータではなく、市の公的な祝典に結びついた作品だったのもあり、3本のトランペット、ティンパニ、オーボエ、弦楽器、オルガンを含む華やかな編成が用いられています。


冒頭の〈シンフォニア〉は、無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番 BWV 1006の冒頭プレリュードをもとにした編曲とみられています。バッハはその素材を、オルガン独奏と管弦楽による協奏的な楽章へと作り替え、BWV 29ではさらに3本のトランペットとティンパニを加えて、祝典にふさわしい輝かしい響きを生み出しました。したがって、この楽章はBWV 29のために一から作曲されたというより、バッハがよく行った技法である、既存の器楽作品を新たな機会に合わせて再構成した例として理解できるでしょう。


そして、この作品を《ロ短調ミサ曲》との関係から聴くとき、何より重要なのは第2曲の合唱〈Wir danken dir, Gott, wir danken dir(私たちはあなたに感謝します、おお神よ)〉です。歌詞は詩篇75篇に基づく「私たちはあなたに感謝します、おお神よ。そしてあなたの奇しき御業を告げ知らせます」からとられています。ここでバッハは、力強い独唱的な旋律を前面に出すのではなく、古い教会音楽を思わせる厳格な対位法によって「感謝」という言葉を音楽化しています。複数の声部がそれぞれ独立して動きながら、一つの大きな響きを形作っていく。その構築的な美しさは、「感謝」を個人的な感情だけでなく、共同体全体による祈りとして表現しているように聴こえる、バッハの真骨頂とも言える技法でしょう。そして、この合唱楽章は、後に《ロ短調ミサ曲》BWV 232の〈Gratias agimus tibi〉や〈Dona nobis pacem〉などへ転用されたことで知られています。ただし、両者の関係を単純に「BWV 29の第2曲をそのまま移した」と説明するには注意が必要で、BWV 29の合唱は、1731年のドイツ語カンタータの文脈で書かれたものであるのに対し《ロ短調ミサ曲》の〈Gratias agimus tibi〉や〈Dona nobis pacem〉は、ラテン語ミサ曲のグロリアやアニュス・デイの一部として成立しています。音楽的な骨格には明確な対応が認められる一方、他の同様の楽曲と同じく、声部の扱いやテキストへの適合などには、転用に伴う調整が加えられています。

 

1733年、バッハはザクセン選帝侯に献呈する目的で、キリエとグロリアからなるラテン語のミサ曲を作成しました。この1733年のミサ曲に、BWV 29の第2曲と密接に関係する〈Gratias agimus tibi propter magnam gloriam tuam(私たちはあなたに感謝します、あなたの大いなる栄光のゆえに)〉が含まれていたと考えられます。ただし、この時点の作品は、第1回でも述べたように、後世に《ロ短調ミサ曲》と呼ばれる全曲版そのものではなく、いわゆる「1733年ミサ曲」として区別される部分作品です。


その後、バッハは1730年代後半から1740年代にかけて、既存の楽章を組み合わせたり、新たな楽章を加えたりしながら、ミサ曲全体の構想を拡大していったと思われます。現在の《ロ短調ミサ曲》BWV 232は、1733年のキリエとグロリアに加え、後年に成立したクレド、サンクトゥス、アニュス・デイなどを含む、複数の時期の作品から成りたっています。全曲の最終的な形がいつ整えられたかについては諸説があり、1740年代後半、特に1748年から1749年頃に筆写・編集が進められた可能性が指摘されていますが、全曲がバッハの生前に演奏されたことはなかったようです。


前述したように、BWV 29に由来する音楽は、《ロ短調ミサ曲》の最後の合唱〈Dona nobis pacem(われらに平安を与えたまえ)〉にも用いられています。厳密には、〈Dona nobis pacem〉は〈Gratias agimus tibi〉と同一の音楽素材を基礎としており、その意味でBWV 29の第2曲にさかのぼる音楽が、ミサ曲の冒頭に近いグロリアと終結部のアニュス・デイの双方に現れることになります。ただし、これは同じ楽章を単純に二度配置したというより、同一の音楽を異なるラテン語テキストに適合させ、作品全体の構造の中で別の役割を担わせたものと考えらます。つまり、「感謝」と「平和への祈り」が同じ音楽によって結ばれるという解釈は可能ですが、それがバッハ自身によって明示的に説明されたわけではないことには注意が必要です。バッハの音楽におけるパロディ技法を単なる流用として片づけることのできない、同じ、あるいは密接に関連する音楽であっても、置かれる言葉や作品全体の文脈によって、その意味は変化します。〈Wir danken dir〉では、ライプツィヒの共同体が神に感謝する祝典の音楽であり、〈Gratias agimus tibi〉では、神の栄光に対する感謝としてラテン語ミサの中に置かれる。そして〈Dona nobis pacem〉では、その音楽が「われらに平安を与えたまえ」という祈りを担います。この関係を知った上でBWV 29を聴くと、作品の姿が少し違って見えてくるのではないでしょうか。華やかなシンフォニア、祝祭的なトランペット、独唱者によるアリア、そして最後のコラールという構成の中に、後の《ロ短調ミサ曲》へとつながるバッハの音楽的思考がすでに息づいていると見ることができます。ただし、BWV 29を《ロ短調ミサ曲》の単なる予告編とみなすよりも、異なる機会のために書かれたカンタータが、後年、別の典礼的・芸術的文脈の中で再構成されたと捉える方が、成立史に即しているように思います。BWV 29の初演は1731年、《ロ短調ミサ曲》の重要な出発点となったキリエとグロリアは1733年、そして全曲版の最終的な構想・筆写は1740年代後半に進められた可能性が高く、この時間的な隔たりを踏まえると(他のバッハの多くのパロディ技法が使われている楽曲同様に)両作品の関係は、一度の転用ではなく、バッハが長年にわたって音楽素材を育て、再配置していった過程と言えるのではないでしょうか。BWV 29から《ロ短調ミサ曲》へと受け継がれたこの音楽の旅の一部を知ることで、私たちはバッハの作品を、長い年月をかけて形を変えながら成長していく一つの大きな音楽世界として聴くことができるのではないでしょうか。


次回はマニフィカトと深掘り!

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